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「君の名は。」感想

映画の感想

非常に複雑な要素を大量に含んだ映画だと思いました。それを男女の恋愛という、一本のラインでしっかりとまとめてある。とても素晴らしかったです。
 
人間は人との結びつきを、次のように深めていきます。

 

1、目で相手を見て、顔や姿を知る
2、一緒の時間を過ごして、立ち振る舞いを確認する
3、言葉をかわして性格を知る
4、体を接触させる

 

4がさらに深いのが恋人関係になるわけですが、この映画の登場人物ふたりは、初っ端に4からのスタートになるわけです。いきなり相手の体そのものになる。相手のチンもチチも手に接触させるどころか、あたかも自分のもののように、というか自分のものとして、持っている。触り放題の見放題です。
なのに顔や姿は鏡でしか確認できず、立ち振る舞いも、周りの人間からの「おまえってこういうやつなのに、今は変だぞ?」という反応でしかわからない。非常に制約された状況において、会話はなんとか大量にこなすけれど、文字情報のみです。
つまり、最大条件である4をいきなりクリアしているので、最初から条件だけは深い恋仲なのに、事前条件のすべてがすっ飛ばされているせいで、気持ちがついていかないような状態なんですね。

 

次に、少女の持つファンタジー性。この世界においては、運命論が採用されています。それをよく語ってくれるのが少女で、彼女は家柄や血筋の力により、糸のように少年と運命をつなげています。最初から二人は恋人になる運命なのです。が、やっぱり理屈がなりたたない。恋人関係を構築する土台ができあがってないから、気持ちがついていかないような状態です。
現代モノにおける運命論やら特殊能力的なものは、語り方を間違えるとご都合主義に思えてしまいますが、この映画はそのへんの説明が非常にうまいです。このことは次に。

 

魂と肉体の二元論も採用されています。それを語ってくれるのは脇役たちです。
魂に性は無いわけです。だから少女の魂を持った少年の柔らかいふるまいには、同級生の男子がうっかりときめいちゃったり、バイト先の先輩が心惹かれちゃったりします。これで少女の魂の美しさ、魅力が説明されます。
そして少女の魂を持った少年は、手芸スキルを発揮するわけですが、このシーンがあらわすのは、ありがちな「先輩の服のほつれを縫ってあげる程度の女子力」ではありません。それなら私としては鼻白んでしまいます。が、この映画においては、少女はもともと糸の神秘性を伝える家柄の生まれであり、家業として糸を扱うのがうまいのです。その力を、家の仕事以外のところで発揮しているだけですから、これは本当に、特技を生かして助けてあげたいという純粋な思いだな、と、見ていて納得できます。それを見た先輩が心惹かれるのもわかるのです。
一方、少年の魂を持った少女は、肉体を変えても発揮させる、行動力の強さを見せてくれます。彼の強さはいじめっ子たちの口を封じ、後輩女子をときめかせます。それだけでなく、田舎の若者たちが感じていた、思春期独特の閉そく感、つまらないと錯覚しがちな日常感に、疑問を呈してくれるのです。それは本当は、見慣れすぎていてわからないだけで、とても美しいものではないか? ちょっと見方を変えてみれば、ちょっとアプローチを変えてみれば、とても楽しい価値ある日々になるのではないか? と。
このへんの説明は非常にうまいです。セリフで説明するのではなく、シーンで説明してくれるので、見ていてスッと納得できます。

 

こうして条件が整い、少年の、先輩とのデートをきっかけにして、二人は恋心を自覚するわけです。ただしそれはシンプルな恋、分かりやすい惚れた腫れたではなくて、どちらかといえば、


「自分たちは、恋人になる運命なのに! きちんと恋をしたいのに! なんでさせてくれないんだ!」


というかんじです。いびつなのです。

そこで発揮される少年の行動力。彼は彼女を求めて動き回ります。このいびつな状況を乗り越えるためには、夢ではなく、現実で「会う」しか方法は無いわけですから。
そして、いったいなにが、彼らの結ばれるべき運命を邪魔しているかを知るのです。
この衝撃はすごかったです。

 

 

面白かったです。あえて批判を入れるなら、最後の長さかな。ラスト近くに、やっと出会いそうな、すれ違いそうなシーンが長く続くわけですが、私は見ていて、「ひょっとして、彼らは出会えないかもしれない」なんてみじんも思わなかったのです。だからドキドキもハラハラもしませんでした。だってこの段階になるともう、私は監督を信頼しきっていましたから。この監督は客に対して、そんなひどいことをする人じゃないな! と。

二人の恋がきちんと始まるのは幕が下りた後です。その後を想像するのも楽しいですね。