読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

「花丸」第十一話 感想

オール、新撰組刀と池田屋の話でしたね。

いろんな関係性が、やや急ぎ足で描写されます。長曽祢と陸奥守は仲が悪いんだぜとか、蜂須賀は長曽祢にツンしてるけど実はデレなんだぜとか。
同時に大和守の、沖田総司への思いの危うさが表現される。
で、いよいよ池田屋にGOするわけです。

 

史実において、近藤勇坂本竜馬には、申し訳程度の接点しかありません。でも、この二人の面白いキャラクターを、会わせてみたい、会話させてみたいってのは、幕末好きにとっての共通の夢だと思うのですよ。
それを、刀のかたちを借りて実現しているというのに、実にケツの穴のちいさい描写になっていたのは非常に残念でした。
これは決して、史実に忠実にしろって話ではないです。むしろ逆です。史実に無いロマン、夢のある嘘を、ちゃんと吐いてほしかったんですよ。プロの脚本で。

 

たしかにゲームの回想シーンにおいて、この二人は仲の悪さを見せるわけですが、あのシーン、私は好きなんです。感情的な長曽祢とクールな陸奥守の関係ってのは、そのまま、情に厚い人柄で新撰組を引っ張った近藤と、あふれる先見性でもって強力なコネを作りまくった竜馬の関係であり、敗者と勝者の関係であり、しかしともに主人を時代に殺された関係でもある。あの数行のセリフにロマンが詰まりまくっているから大好きなんです。

 

そして、やっと大和守の、沖田くんがらみの葛藤が出て来ました。
アクシデントで大和守が集合に遅れて、ナマ新撰組の中に紛れ込んでしまう。この展開は嫌いじゃないです。戦闘シーン格好良かった。


でも、ハラハラの展開なんですが、なにをハラハラすれば良いのかがちょっと分かりにくい。
大和守がとつぜん沖田くんを助けて歴史改変→鬱展開、なんてのになったら、私は遠慮なく激怒しますが、まさかそんなことはないだろうし。
web上での有力説どおりでも良いんですが、その場合でも、正夢化→鬱展開、なんてのになったら、私は激怒するかもしれない。


もう不安で仕方が無いw 花丸って、ここまで能天気さを追求してきたんだから、さいごまで軸がブレませんように。
だから、次回になんかヤマがあるらしい、という期待感のみでハラハラしてます。

 

「花丸」第十話 感想

前半は、ダル系キャラの明石国行の魅力を語る話。
明石のあまりのダルダルさに、気を揉む弟二人。
そんな中、本丸内に、沢山のイタズラのような事件が発生。
弟に気を使って本丸内の作業をこころみ、失敗した明石の仕業か……? というストーリー。

 

あ、いいな、と思いました。
誤解とその解消、というありふれた話なんですが、そこにただただ、明石のらしさを配置してあるだけです。
これで充分だよな、と思います。珍奇さも奇抜さも無いけれど、すっと納得して落ち着ける話。
明石の語り口調の穏やかさを聞き続けているだけで幸せを感じました。

 


後半は小狐丸メインの話。
戦闘中、巻き込まれた野狐を助ける小狐丸。
するとお天気なのに雨が降り、狐の嫁入りが山の中を通り……

 


戦闘シーンに色気が出て来ましたね。素敵です。
そして小狐丸に関する豆知識とともに、いかにも日本の民話的な、不思議な話を展開してくれます。
ちょっとしたところにときめきます。薬研の刺し殺し犯すようなセリフ使いとか、キツネにシンパシーを感じてしまうっぽい小狐丸とか、三日月があの声で語る能楽の一セリフとか。
こういうのをこそ求めていたんですよねえ。日本刀の説明、むかしの日本の雰囲気、日本の文化、それらとともに作られているキャラの特徴、そういうのを、アニメにしか出来ない色と音と動きを加えて語ってくれるのを。
ああもう。こういうのを。こういうのをこそ求めていたんですよ。
いたんですよ!

 

話がそれますが、世界のありとあらゆる演劇やダンスって、「動き」を重んじてるもんですよね。俺の表現に酔いしれろ! ってかんじで。「停止」を重んじてる演劇やダンスって、能楽くらいなんじゃないかしら? 一部の前衛的な演劇やダンスではそういう表現もあるのだろうけど、それが伝統文化レベルで根付いているものってあるのかしら?
こんなふうに連想や妄想もブワーと広がりました。

 

というわけで、今回は無理に自己の視点をいじる必要もなく。自然に楽しめました。
今まででいちばん楽しかったかもしれません。

「花丸」第九話 感想

色々考えた結果、今回は二通りの視点を持って鑑賞しました。

 

1、ふだん通りの自分でもよくわからない私の視点
2、私は男で、アニメの男士は女性キャラや子供キャラだと思い込み、愛でる視点

 

そして鑑賞開始。まずは前半。
ぼくのかんがえた、ちょうとうけんだんし「マジルンルンご機嫌丸」をつくる話。

 

1の視点で見ると「うわー、なんか違和感でモニョモニョする」となったんですが、2の視点で見ると普通に見れました。
やっぱり花丸のストーリープロットって、男性視点で、女性萌えキャラを愛でるための構造になってるんじゃないでしょうか?
三日月が普通に良い人なので、そこに感情移入して、自分のために頑張ってくれる獅子王のかわいさ、滑稽さを愛でると楽しかったです。
しかしそういう視点を取っ払うと、やはり、どこに焦点を当てて楽しめば良いのかがわからないなあと思いました。

 

花丸の提示する可愛さ
・誰かのために一生懸命な子は可愛い(獅子王へのじっちゃんへの思い)
・熱中しすぎてやりすぎる子は可愛い(過剰な装飾を身にまとう)
・見え見えの失敗をしちゃう子は可愛い(三日月に正体バレバレ)

 

……獅子王が女の子で、大好きなおばあちゃんがいて、彼女と似通った人物である三日月子さんのために頑張る話なら、たしかに可愛いんですよ。
けどなあ。私が見たいのは「刀剣男士」だからなあ。

 

次に後半戦。
歴史好きな日本人ならほぼ誰もが知ってる、今剣と岩融の主の事情。

 

後半は2の視点が要らなかったんです。
普通に面白かった。やっぱりゲーム内の設定要素を前面に押し出してくれると納得できます。男士たちそれぞれの歴史的な事情を、アニメなりに解釈して解決してくれていました。楽しかったです。
そして照れる山姥切は普通に可愛かった。2視点が無くてもかわいかった。

 

と、いうわけで。
いつもふたつの流れがありますね。ひとつは既存の萌えキャラ表現に男士を当てはめた話。もうひとつはゲームを元にしたストーリーをかわいく作ったもの。これらを、毎回セットで提示してきてます。
私としては、既存の萌えキャラ表現に男士を当てはめるのは、非常に無理があると思うのですがねえ。

 

格好良く活躍した山姥切を褒めちぎる大和守は可愛かったし、兄弟思いな堀川の受け答えも可愛かった。真っ赤になる山姥切も可愛かった。こういうのが私は可愛いと思います。
でもその次の、山姥切の絵柄がギャグキャラ化するのは要らなかった。ふつうの絵柄のまま、真っ赤っかな顔で叫んでほしかった。きっととても可愛かっただろうに。……うまく説明できないんですけど、こういう微妙な「可愛さのズレ」を感じます。

 

「花丸」第八話 感想

前半。槍の三本がそろいます。

みな仲良しな本丸ですが、日本号と五虎退の仲に、歴史が理由で、ほんのちょいとわだかまりがある。
で、それを解消するべく、五虎退の好きな絵本に出てくる「青い鳥」を捕まえようとする話。

 

……なんかこんなネタを拙作で書いてたような気がw
そして、なぜか恥ずかしいものを感じてしまう。なぜでしょう。今回はミュージカルでもなんでもない回なのに。


ひとつ言えるのは、この話って、必然性が無いよな、ってことです。
青い鳥を持ってきたのはなぜか? 青い鳥が変なデザインだったのはなぜか? 肩車三錬結を槍3本でやるのはなぜか? 

 

かつてオランダから輸入された後、いまや日本中に生えている四つ葉のクローバーくらいならまだしも、青い鳥ってベルギー人の著作物ですからねえ。その本が、この本丸にある理由付けは必要だったと思うのですよ。
そして青い鳥がへんなデザインであることで、なんの効果を狙っているのかもわからない。笑え、ということでしょうけど、笑う理由がありません。どうしても捕まえたくなるような綺麗な鳥とか、五虎退が喜びそうな可愛い鳥とか、打ち取るにふさわしい体長2メートルの大鷲とかじゃいけなかったんでしょうか。


でもって、見た目が兄ちゃんからオッサンまでという落ち着いたイメージの槍三本が、ドタバタをやる必然性もわからない。ドジなことをする元気な少年のイメージを、良い体格の大人が演じることを笑えということでしょうか。でもそもそも、このアニメにおいて、私は彼らに出会ったばかりですので、彼らを笑う理由が無いのです。大人げないのが地なのか、偶然そう見えただけなのかもわからないのですよ。人間、知らないものは笑えません。

 

で、恥ずかしい違和感を引きずりつつ後半戦へ。
秋田が幽霊を見つけたので、短刀たちで夜の本丸を探索する話。
にっかり青江が助っ人をやります。

 

驚いたことに、アレッと思うくらい違和感がなかったのです。
夜の日本家屋で、子供がトイレに行こうとして、幽霊を見つけて、青江を呼んで……って、すごく自然な筋運びですよね。
戦隊ネタは、また面白くないリアルネタはやめなさいと思いましたが、それ以外はごくごく普通に、夜の男士たちのちょっとした行動を発見できた気分になれて、楽しかったです。
オチもきれい。左文字兄弟でほのぼのしたあと、小さな恐怖で落とす。そしてそのままエンディングへ……の流れが、気持ちよく、きれいで、格好いい。
いやすごい。見て得をした気分になりました。

 

この前半と後半の感慨の差は何なんでしょうか。
花丸の監督は、「男性的なもの」を描き出すのが苦手なんでしょうか。

 

あと毎度毎度ボロクソに書いてごめんなさい。これでもとうらぶ大好きなんです。愛するがゆえに小言を言うオカンみたいなもんだと思ってくだされば。

「花丸」第七話 感想

粟田口が、いち兄を求め、やがて得る話でした。
特に薬研が話の中心になってます。

 

短刀なのに短刀に見えない薬研について、「ゲームみたいに薬研の大人びたところと、逆にゲームには無い薬研の短刀らしいところと、その両方を見てみたい」ってな欲を満たしてくれる話でした。
付随して、ふんどしを履いた陸奥守のいいケツが見られますが、まああれこそは、正しく、視聴者サービスでしょうw
全体的にふんわりとした、優しい良い話でした。前回で傷ついた私の何かが癒されました。

 

ただ残念なのは、こういう話、二次創作でいくらでも有るんですね。
それが悪いというのではなくて、ありがちな話をやる以上は、やはり、こちらの想像を凌駕するなにかを提示してほしかったなあ、というところです。
たとえば、沖田総司の三段突きのテクニックとか、和泉守兼定の現存刀の状態を語っていた回が有ったでしょう。あれはゲームには無く、また二次創作でもあまり見られない描写です。あれが語られることによって、「おお、新撰組刀ってスゲーんだな。かれらは歴史を生きてたんだな。カッケ―」と、アニメ独自の新鮮な感覚を覚えられたわけですよ。
今回も、粟田口に関するなにかの豆知識とか、それで分かる彼らの絆の強さとか、そういうのが有ればよかったかな。
これは視聴者としてのワガママな批判にあたります。が、せっかくのアニメですもん。きれいな絵と、かっこいい声がついてるんですもん。なんかスゲーもんが見たいんですよ。

 

 ほかに良かったところは、いち兄。ゲーム中では派手だとされている彼ですが、私「そんなに派手か? 普通じゃん。次郎さんとかのほうが派手じゃん」と思ってました。
が、アニメで見たら本当に派手だったw そうか! こういう派手さだったのか! と、よくよく分かりました。金糸を使いすぎなんですね。光が当たるとキラキラするんですね。でもそれが秀吉っぽくて良いんですね。なるほど。花丸ありがとう。

 

AKBが出てきたときは、また半端なパロディを見せつけられるのかと身構えました。が、普通に楽しい歌が出て来て良かったです。
前回がトラウマになってるなw

 

「花丸」第六話 感想

注意! 今回、厳しい評価です。6話が好きな方は読まないほうが良いです。ご注意を。

 

 

 

苦痛でした……。私は「ミュージカルを見ると恥ずかしくなる病」を発症しているため、非常に苦痛でした。それでもふだん、恥ずかしさを吹き飛ばされて、ミュージカルに感動する時というのはあって、それは名画「雨に唄えば」とか、歌と音楽と世界への賛美がすさまじいような作品を見た時なんです。作り手の本気は、観客の戸惑いなど吹き飛ばします。


で、刀剣男士がミュージカルをやったら面白いだろうなあ、という軽い発想なのは分かるのですが、それがコメディやパロディとして成立するためには、事前に、

 

※男士たちは絶対にミュージカルなどしない人物である

 

という説明か、逆に、

 

※男士たちにはミュージカルをしたくてたまらない理由がある

 

という説明が必要だと思うのです。それが無かったですね。
なので、普通に歌うまいから、音痴を笑うわけにもいかず。アニメの世界において、食べ物作りをテーマにした歌なんてありふれていますから、歌のおかしさを笑うわけにもいかず。有名ミュージカルのパロディというわけでもなさそうだし、雰囲気だけは何かに似せてあるっぽいですが、なにを茶化しているのかもわからない。格好良いとも、可愛いとも、美しいとも思えないので、なにを楽しめば良いのかが分からない。
厳しいようですが、青臭い学生演劇を見せられているような気分になりました。恥ずかしかったです。

 

どうも花丸はギャグが半端でイカンと思います。
やるならとことんやれよ! と思います。タカラヅカをも超えるほどに華と花が吹き荒れた世界を見せてほしかった。あるいは、出来たうどん玉を高々と掲げ、うどんの殿の誕生だ! ハーヘンニャラ~とアレを感動的に歌い上げるサマが見たかった。そういう、プロにしかできない技が見たかったんです。
某アニメはパロディシーンが多くて人気があるそうですが、おそらく半端なパロはしてないんじゃないでしょうか? 本気のパロだからウケてるのでは。本気をぶつけてくれる、気概を感じさせてくれるって、大事だと思うのですよ。視聴者として舐められてないな、大切にされているな、と思えるから。

 

後半は好きだなあ。
博多のバブル期ビジネスマンのような言動は、ゲームでもそうだから違和感がないし、なんといっても可愛い。さわやか筋肉青年な山伏が、博多連続遠投を天丼で見せてくれたのも楽しかったです。二人のデコボコっぷりの落差と、それにもかかわらず同一である健気な意志は、ふつうに好ましく感じました。
御手杵20キロの豆知識は嬉しいし、大柄ゆえのどん臭さもいかにもってかんじで、可愛さを感じつつ許容できました。彼、なんかドジっぽいイメージが沸きますよね。なんででしょうね。
陸奥守は健全で優しくて、好奇心旺盛だと示されてるから、虹のきらめきも彼らしく感じられて笑いました。そして陸奥守の正しさ! 竜馬っぽさ! これが最後の大和守安定の悟りにも繋がるんですよね。いい展開です。

 

石切丸のお払いも、前田のお手紙も。やはりキャラのキャラらしさを示しつつネタにしてくれると、安堵と、ほっこりした笑いがこみ上げてきます。なのに前半は、長谷部とうどん関係ないもんなあ。燭台切の料理名人っぷりや、青江の味見は分かりますが。

 

エンディング曲のほうが、ミュージカルネタっぽい楽しさがあったと思います。

 

 

「花丸」第五話 感想

ホストクラブごっこの前半と、三日月な後半でした。

 

前半はなぁ。うーん……。私が男士に接待してもらうなら、服装は出陣着のほうがいいな。
なので男士たちのスーツ姿の似合わなさを笑えばいいのかと思えば、べつに似合ってなくもない。じゃあ似合ってるところに萌えれば良いのかと思えば、そこまで似合ってない。妙な接待を笑えば良いのだなとは分かるのですが、そこまで妙でもない。歌仙が名物を出したり茶を点てたりするのは普通に良い接待だし、山姥切はそもそも出てきた意味が分からない。石切丸を出して、「歓迎の祝詞を読むよ!」とかのほうがボケとしては成り立ったと思うのですが。薬研はそんなに不器用なキャラには見えないから、ボケに違和感を感じました。お供の狐はなぜ口を動かさないのでしょう? 人語を器用にしゃべるキャラとして、パクパクと喋ってほしかったのですが。
で、鶴丸と燭台切をオチに持ってきての、昔馴染みはいいもんだなあ、みたいな結部は好きです。けど、そこまでの流れが……。ふつうに全キャラのスーパーダーリンっぷりを発揮させて、大倶利伽羅に地獄を味合わせ、そしてこのオチに持ってきた方が良かったと思うなあ。

 

後半はね! 大好きですw
三日月に対して思う、
「このキャラにはなんらかの特別感を発揮してほしい……とうらぶの看板キャラだしな……でもだからといって、ほかのキャラを下げたり、贔屓なほど突出してたりしたら嫌だなあ……」
というややこしい思いを! 絶妙なツボを! 見事に突いてくれた!
格好いいけど気取らない。思春期のような加州の繊細な思いを汲み取ってくれるところも良い。きれいで格好いい三日月と、かわいい加州の相乗効果が素晴らしかった。これが! これが見たかったんだー! と思いました。

 

うん。花丸って、キャラを大切にしてるのはよくわかります。コメディってある意味、キャラを手ひどく扱わねばならない部分が有るから、そういう描写を避けているがゆえに出てくる批判点かもしれません。前半の感想は。